《ステロイド外用剤のアトピー性皮膚炎治療への導入》



ステロイド(副腎皮質ホルモン)が外用剤として皮膚科領域に導入されたのは1954年のことであり、アトピー性皮膚炎の治療への導入は、同年に前述のSulzbergerによって始められました。

その後、現在に至るまでさまざまな強さのステロイド剤はアトピー性皮膚炎治療の標準的な治療薬と位置づけられ、実際に用いられています。 ステロイド外用剤がアトピー性皮膚炎の治療として用いられていなかった時代の成人期アトピー性皮膚炎患者の苦痛は現代の患者より一層大きなものであったようです。

例えば1940年から1942年に米国のメイヨークリニック大学病院の皮膚科を受診した492名の成人期アトピー性皮膚炎(平均年齢20歳)のうち、221名が重症例であったとのことです。重症度の判定基準として「皮膚炎の治療のため入院加療を必要とした。皮膚炎のため、職業を一定期間休む必要があった」のいずれかを満たしたものを重症と分類しています。

なお、この221名中13%にアトピー性白内障が合併していました。さらに、この221名について20年後に質問状による追跡調査を行いました。

アンケートの回収率が45%と低いのが問題ではありますが、回答者のうち29%が治癒、55%が改善、13%は不変、3%は悪化との結果が出されています。回答のなかった65%の方は治癒していた可能性もあると思いますが、たとえそうであっても全体としてあまり楽観できない数字です。

また、アトピー性皮膚炎という病名が用いられる以前、ステロイド外用剤もまだ開発されていなかった19世紀末には本症がneurodermatitisと呼ばれていたことは先に述べた通りです。このneurodermatitisという病名が用いられた理由は、本症患者がしばしば通常の人よりも感受性が高く、激しい怒りを現しやすく、明らかな理由がなくとも泣きやすかったり、憂うつ的であったりして、その当時の医師が本症の病態の根底に精神的な問題が存在すると信じていたからです。

われわれは重症のアトピー性皮膚炎が激しい痒みを伴う皮膚症状が長期間続くと夜も眠れなくなり、19世紀末に記載されたような精神状態に陥っているのを体験します。
しかし、ステロイドを中心とした現代的治療の結果、皮膚症状が改善すると、それまでみられた精神的変調はすっかり消失し、これらの患者は心身ともに健常人と何ら変わりのない状態に変化することを知っています。

すなわち、現代に生きるわれわれ皮膚科医は皮膚炎(dermatitis)の存在が本来健全であった精神(neuro-)を変調させていたことを理解しています。

このような歴史的な事実や、現在ほとんどの国でアトピー性皮膚炎がかなり良好にコントロールされている状況から、ステロイド外用剤がアトピー性皮膚炎患者に大きな福音をもたらしたことは明白です。

本邦では、残念なことに諸外国では信じられないような重症アトピー性皮膚炎患者が少なくありません。この理由は、マスコミ報道やアトピービジネスの興隆によりステロイド剤はアトピー性皮膚炎をより悪化させるものと自己判断してステロイドの外用を無計画に中止する方が増加しているからです。

この結果本邦では19世紀から20世紀の前半でみられたような重症例が増加しています。この無治療による重症化の結果、アトピー性白内障の合併も増加しているようです。大変残念な現象です。




ステロイド外用剤の弱点と将来の展望

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